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ご本尊

「本尊」とは「もっとも大切にするべきもの」を意味し、
寺院の中心である本堂に安置され礼拝や祈りの対象とな
ります。日蓮宗寺院では「大曼荼羅」を本尊としています
が、これは日蓮聖人が1271年 ( 文永 8年)書き表された
ものが最初であります。中央に「南無妙法蓮華経」と大書、
その周囲に仏さまや菩薩さま、諸天善神(多くの神さま)
などが書かれ、すべてが平等に仏さまの智慧と慈悲の光に
照らされて、生きとし生けるもの、花や木々もすべてが
調和して生きる安穏な世界が本来の娑婆世界であるという
法華経の世界観が表現されています。 養源寺では大曼荼羅を
立体的に形に表した、一ツ橋家より奉安の一塔両尊(宝塔の
両脇に釈迦如来像と多宝如来像)が安置されております。
お寺の参拝はまず先に本堂の前でご本尊さまに手を合わせ、
「南無妙法蓮華経」とお題目をお唱えすることが基本となり
ます。お題目にはすべてが調和して安穏でありますように
という願いが込められています。

恵比寿尊天・お地蔵さま

恵比寿尊天

池上七福神
福をもたらす
七体の神さま

七福神とは、いろいろな福をもたらす七体の神さまの総称です。
「七難即滅、七福即生」と言われるように、七福神を参拝すると七つの災難が除かれ、七つの幸福が授かるとされています。 
七福神の信仰は、室町時代の末期のころより始まり、当時の庶民性に合致して民間信仰の最も完成された形に育てられてきました。特に農民、漁民の守り神として信仰を集め、現代に生き続けています。

養源寺にお祀りしている恵比寿尊天は、七福神の中で唯一そのルーツを日本にもつ神さまで、いざなみ、いざなぎの二神の第三子といわれ、満三歳になっても歩かなかったため、船に乗せられ捨てられてしまい、やがて漂着した浜の人々の手によって手厚く祀れたのが、信仰のはじまりと伝えられています。

左手に鯛をかかえ右手に釣竿を持った親しみ深いお姿の漁業の神で、商売繁昌の神さまとしても信仰を集めています。

池上七福神のはじまりは、日蓮聖人七百遠忌の昭和五十六年に、商店街の有志たちが池上の更なる発展のために近隣寺院に協力を依頼するかたちで始まりました。
一年を通していつでもめぐることができ、歩く時間も二時間程度と短く、散歩がてら楽しくお参りすることができます。

お地蔵さま

小中学生の
通学路を見守る
「子供の守り神」

山門をくぐるとこの寺に代々伝わる三体のお地蔵さまがお出迎えしてくれます。また、その後ろの築山や境内の葉陰などに大小のお地蔵さま、羅漢さまがいらっしゃって、ほっこりした空気が流れます。
隣接するカフェの前には、若くして息子さんを亡くされたご両親が約30年前に奉納された「柔心地蔵」が安置されており、小中学生の通学路を見守っています。築山では縁結びの夫婦イチョウの美しい姿や、池の小さな生き物が楽しめます。
お地蔵さまは、正式には地蔵菩薩(じぞうぼさつ)といいます。仏さまの教えを弘め、人々を苦しみから救う働きをするさまざまな菩薩の仲間であり、暮らしの中から生まれた民間信仰では、村境・峠などの路傍にあって外から来る疫病や悪霊を防ぐ神である「道祖神」としての性格を持つと共に、「子供の守り神」としても信仰を集めています。

尼僧寺(歴代墓所)

池上本門寺の二十四ヶ寺ある塔頭(たっちゅう)寺院(じいん)の中(なか)でも、尼僧寺(にそうてら)の歴史があるのは養源寺だけです。明治19年に尼僧初代の智(ち)海院(かいいん)日(にち)勝法(しょうほう)尼(に)さまからはじまり、昭和20年の尼僧六世の智仙院(ちせんいん)妙境(みょうきょう)日隨法(にちずいほう)尼(に)さままで、長きわたり尼僧さまに養源寺を守っていただきました。そして、この地に養源寺の建立を懇願された養源院(ようげんいん)殿(でん)さまも女性でした。

現在尼僧寺の制度は廃止されましたが、いまでも養源寺は多くの女性の力によって支えられており、寺域全体に女性のパワーが満ち満ちていることを強く感じます。本堂の裏山を頂上まで登ると、広い墓所の中心に養源院殿と尼僧さまも含めた歴代の住職の墓所があります。境内の隅々まで染み込んだ歴代の住職による読経の功徳に包まれながら山を登り、歴代墓所をお参りしていただくと、きっと清々しい気分になり元気と活力が湧いてくることと思います。